※この記事は2026年8月時点の情報に基づく一般的な解説です。遺留分の有無や具体的な割合は、どなたが相続人になるかによって変わります。実際のお手続きの前に、公証役場、税務署、または司法書士・税理士・弁護士などの専門家にご確認ください。

夫婦二人で、穏やかに暮らしてきた。子どもはいないけれど、お互いに支え合ってここまで来た——。

そうしたご夫婦から、こんなお話をうかがうことがあります。「子どもがいないので、私に何かあれば、財産はすべて妻(夫)のものになりますよね」

残念ながら、そうではありません。

子どものいないご夫婦の相続では、配偶者だけが相続人になるとは限りません。亡くなった方のご両親、ご両親も亡くなっていれば、ご兄弟姉妹が相続人になります。ご兄弟姉妹が先に亡くなっていれば、その子である甥・姪へと引き継がれていきます。

この記事では、子どものいないご夫婦に向けて、何もしなければ何が起きるのか、そしてどう備えれば配偶者に財産を残せるのかを、行政書士の立場から整理してご説明します。


目次

  1. 「配偶者がすべて相続する」は誤解です
  2. 誰が相続人になるか|ご両親・ご兄弟姉妹・甥や姪
  3. 何が起きるか|遺産分割協議に全員の署名押印が必要です
  4. 自宅が主な財産だと、さらに難しくなります
  5. 兄弟姉妹には遺留分がない|遺言書で配偶者を守る
  6. ただし、ご両親が存命の場合は注意が必要です
  7. 遺言書の作り方|公正証書遺言をおすすめする理由
  8. ご夫婦それぞれが、1通ずつ作る必要があります
子どものいない夫婦では配偶者だけが相続人になるとは限らないこと、遺産分割協議に相続人全員の署名押印が必要になること、公正証書遺言で備える方法について、60代の夫婦が行政書士から説明を受けている様子を描いたイラスト

「配偶者がすべて相続する」は誤解です

まず、いちばん大事なところからお伝えします。

配偶者だけが相続人になるのは、亡くなった方に子どもがおらず、ご両親などの直系尊属も、ご兄弟姉妹や甥・姪もいない場合です。

民法は相続人になる順番を定めています。配偶者は常に相続人になりますが、それに加えて、次の順番で他の方も相続人になります。

  • 第1順位:子ども
  • 第2順位:ご両親などの直系尊属
  • 第3順位:ご兄弟姉妹

お子さんがいらっしゃらない場合、第1順位が不在ですので、第2順位のご両親へ、ご両親も亡くなっていれば第3順位のご兄弟姉妹へと移ります。

つまり、「子どもがいない」ことは、「配偶者がすべて相続する」ことを意味しません。むしろ、普段ほとんど行き来のない親族が相続人として登場するという結果になりがちです。

相続人の順位や範囲について詳しくは、法定相続人と法定相続分の記事でご説明しています。


誰が相続人になるか|ご両親・ご兄弟姉妹・甥や姪

では、配偶者はどれだけ相続できるのでしょうか。相手によって変わります。

相続人の組み合わせ配偶者の法定相続分配偶者以外の法定相続分
配偶者+ご両親(直系尊属)3分の2直系尊属が3分の1
配偶者+ご兄弟姉妹4分の3ご兄弟姉妹が4分の1

※ご両親やご兄弟姉妹が複数いる場合は、そのグループ内でさらに分けることになります。

「4分の3ももらえるなら十分では」と思われるかもしれません。ここに落とし穴があります。

問題は割合ではなく、残りの4分の1をめぐって、相続人全員での話し合いが必要になることです。

さらに、ご兄弟姉妹が先に亡くなっている場合には、その子である甥・姪が相続人になることがあります。これを代襲相続といい、ご兄弟姉妹の場合は甥・姪の代までです。詳しくは代襲相続の記事でご説明しています。

たとえば、ご兄弟姉妹が3人いて、うち2人が亡くなり、それぞれにお子さんが2人ずついる場合、相続人は配偶者を含めて6人になることがあります。

⚠ 相続人は戸籍で確定します
「兄とは疎遠だから関係ない」「甥とは会ったこともない」という事情は、相続の場面では通用しません。相続人が誰かは、亡くなった方の出生から死亡までの戸籍をたどって確定します。ご本人が把握していない親族が判明することもあります。


何が起きるか|遺産分割協議に全員の署名押印が必要です

相続人が確定すると、次は遺産分割協議です。誰が何を相続するかを、相続人全員で話し合って決める必要があります。

ここで、子どものいないご夫婦特有の難しさが出てきます。

金融機関や法務局などの手続きでは、相続人全員の署名、実印での押印、印鑑登録証明書を求められることが多くあります。1人でも欠けると、遺産分割協議書は成立しません。多数決ではなく、全員の合意が要ります。

実務では、次のような場面でつまずくことが多くあります。

  • 何十年も連絡を取っていないご兄弟姉妹がいる
  • 甥・姪の住所が分からない。そもそも面識がない
  • 相続人が高齢で、判断能力に不安がある
  • 相続人が海外に住んでいる
  • 相続人同士の関係が良好でない

そして、配偶者にとって精神的な負担が大きいという問題もあります。伴侶を亡くした直後に、ほとんど付き合いのない親族へ連絡を取り、書類への署名押印をお願いして回る。これは想像以上に重い作業です。

🌱 話し合いがまとまらない場合
どうしても合意が得られない場合は、家庭裁判所の遺産分割調停へ進むことになります。調停や審判の代理は弁護士の業務ですので、うりずん相続手続き相談室では、提携する弁護士と連携してご案内しています。


自宅が主な財産だと、さらに難しくなります

ご夫婦の財産が、住んでいる自宅と多少の預貯金——というご家庭は少なくありません。この場合、話はいっそう難しくなります。

自宅は、預貯金のように分けることができません。配偶者が自宅を相続するなら、ほかの相続人の取り分に見合うお金を用意しなければならない場面が出てきます。これを代償金といいます。

預貯金で足りればよいのですが、足りなければ、住み慣れた自宅の売却を検討せざるを得ないこともあります。

ここで「配偶者居住権があるのでは」と思われた方もいらっしゃるかもしれません。配偶者居住権は、遺された配偶者が自宅に住み続けられるようにするための制度です。ただし、この権利は遺産分割の話し合いや、遺言書による遺贈などで配偶者に取得させる形をとる必要があります。何もしなければ自動的に発生するものではありません。制度の内容については配偶者居住権の記事でご説明しています。

つまり、自宅を守るためにも、生前の備えが必要になるということです。


兄弟姉妹には遺留分がない|遺言書で配偶者を守る

ここまで、遺言書がない場合の難しさをご説明してきました。では、遺言書があるとどう変わるのでしょうか。

相続人がご兄弟姉妹や甥・姪だけであれば、遺言書に「財産はすべて配偶者に相続させる」と書いておくことで、その内容を実現しやすくなります。 この場合、遺産分割協議は不要になり、ご兄弟姉妹や甥・姪から署名押印をもらう必要もありません。

ここで重要なのが、ご兄弟姉妹には遺留分がないという点です。

遺留分とは、一定の相続人に法律上保障された最低限の取り分のことです。遺言書があっても、遺留分を持つ相続人からは、その分を請求されることがあります。

ただし、遺留分が認められるのは、配偶者・子ども・直系尊属だけです。ご兄弟姉妹と甥・姪には遺留分がありません。

つまり、相続人がご兄弟姉妹や甥・姪だけの場合、遺言書で「すべて配偶者に」と定めておけば、遺留分としてあとから取り分を請求されることはありません。遺留分の制度については遺留分の記事で詳しくご説明しています。

🌱 遺言書があると、手続きも軽くなります
遺産分割協議書を作る必要がなくなるため、相続人全員から印鑑登録証明書を集める手間もなくなります。金融機関での手続きも、遺言書があるほうがスムーズに進むことが多くあります。


ただし、ご両親が存命の場合は注意が必要です

前の節で「ご兄弟姉妹には遺留分がない」とご説明しましたが、ご両親などの直系尊属には遺留分があります。

亡くなった方にお子さんがなく、ご両親のいずれかが存命であれば、相続人は配偶者とご両親です。この場合、ご両親には遺留分が認められます。

なお、遺留分全体の割合は、相続人が直系尊属だけの場合は3分の1、それ以外の場合は2分の1とされています。配偶者とご両親が相続人になるケースでは、具体的な金額計算が必要になります。

⚠ 直系尊属の遺留分
相続人が配偶者と直系尊属である場合、直系尊属にも遺留分があります。遺言書で「すべて配偶者に」と定めても、ご両親から遺留分を請求される可能性が残ります。具体的な割合や請求への対応は、遺留分の記事や弁護士へのご相談につなぎます。

とはいえ、遺言書を作る意味がなくなるわけではありません。

遺言書があれば、遺産分割協議そのものは不要になります。また、遺留分は「請求されれば応じる」ものであって、請求がなければ遺言書の内容がそのまま実現します。ご両親との関係や財産の内容によっては、実際に請求されないこともあります。

ご両親が存命の場合は、遺留分を織り込んだ内容にする、あるいはご両親にも一定の財産を残す形にするなど、内容を工夫する余地があります。


遺言書の作り方|公正証書遺言をおすすめする理由

子どものいないご夫婦の場合、遺言書はできるだけ確実に実現できる形で残しておくことが大切です。そのため、うりずん相続手続き相談室では、公証役場で作る公正証書遺言をおすすめしています。

理由は3つあります。

ひとつめは、方式の不備で無効になるリスクを大きく下げられることです。自筆証書遺言は、日付や署名、押印などの要件を満たさないと無効になります。せっかく書いた遺言書が形式の不備で使えなくなるのは避けたいところです。

ふたつめは、原本が公証役場に保管されるため、紛失や隠匿のおそれがないことです。子どものいないご夫婦の相続では、配偶者とご兄弟姉妹の利害が対立することもあります。遺言書が見つからないという事態を防げます。

みっつめは、内容が争われにくいことです。公証人が本人の意思を確認したうえで作成しますので、「本当に本人が書いたのか」「判断能力があったのか」という点で争いになりにくくなります。

公正証書遺言を作る手順や必要書類については、公正証書遺言の作り方の記事で詳しくご説明しています。遺言書全般については遺言書の書き方もあわせてご覧ください。

🌱 配偶者が先に亡くなった場合にも備えておく
ご夫婦で遺言書を作る場合は、配偶者が先に亡くなったときに、次に誰へ財産を残すかも考えておくと安心です。このような備えを入れておくことで、遺言書を作った後の状況変化にも対応しやすくなります。


ご夫婦それぞれが、1通ずつ作る必要があります

最後に、意外と知られていない点をお伝えします。

夫婦であっても、2人が同じ1通の遺言書に共同で遺言することはできません。 民法975条で共同遺言は禁止されており、そのような遺言書は無効になります。それぞれが、自分名義の遺言書を1通ずつ作る必要があります。

そして、子どものいないご夫婦の場合、お二人とも作っておくことが大切です。

どちらが先に亡くなるかは分かりません。夫だけが遺言書を作り、妻が先に亡くなった場合、妻の財産については何の備えもないことになります。妻の側にもご兄弟姉妹や甥・姪がいれば、同じ問題が起きます。

⚠ お二人分をセットで考える
ご夫婦の一方だけが遺言書を作っている状態は、備えが半分しかできていない状態です。公正証書遺言は、ご夫婦それぞれについて別々に作成することになりますが、公証役場の予定や必要書類が整えば、同じ日に手続きを進められることもあります。


まとめ

子どものいないご夫婦に遺言書が必要な理由を整理します。

  • 子どもがいなくても、配偶者だけが相続人になるとは限らない
  • ご両親、ご両親がいなければご兄弟姉妹、その子である甥・姪へと相続人が広がる
  • 遺産分割協議には相続人全員の合意が必要で、疎遠な親族から署名押印を集めることになる
  • 自宅が主な財産の場合、配偶者が住み続けるための備えが必要になる
  • ご兄弟姉妹と甥・姪には遺留分がないため、相続人がその方々だけであれば、遺言書で配偶者に財産を残しやすい
  • ただし、ご両親などの直系尊属が相続人になる場合は遺留分に注意
  • 方式の不備を避けるため、公正証書遺言をおすすめする
  • 夫婦で1通の遺言書は作れない。それぞれが1通ずつ、お二人とも作っておく

伴侶に安心して暮らしてもらうために、いまできる備えがあります。

相続のお手続きでお困りの方へ

うりずん相続手続き相談室では、子どものいないご夫婦の遺言書作成について、戸籍の収集による相続人の確認、財産の整理、遺言内容の原案整理、公正証書遺言を作るための準備、必要に応じた年金の請求支援など、行政書士・社会保険労務士として対応できる手続きを中心にお手伝いしています。不動産の登記や相続税の申告、遺留分をめぐる紛争への対応が必要な場合には、提携する司法書士・税理士・弁護士と連携し、必要な専門家へ適切におつなぎします。

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