「親はまだ元気だけれど、いつか相続が起きたとき、家族が揉めたりしないだろうか」——そんな漠然とした不安を抱えている方は少なくありません。

遺言書と聞くと「死を意識する、縁起でもないもの」と感じてしまいがちです。けれども実際には、遺言書は残された家族が困らないようにするための、最後の思いやりでもあります。

この記事では、遺言書がない場合に残された家族が直面しやすい「4つの困りごと」を、相続手続きの現場目線で具体的に整理します。そのうえで、親がまだ元気な今だからこそできる備えについてもお伝えします。「うちは大丈夫だろうか」と気になっている子世代の方に、親と相続について話すきっかけにしていただければ幸いです。


目次

  1. 遺言書がないと、相続は「全員の話し合い」で決まる
  2. 困りごと①:遺産分割協議が進まない・揉める
  3. 困りごと②:手続きが煩雑で時間がかかる
  4. 困りごと③:特定の人に残せない・故人の意図が実現しない
  5. 困りごと④:認知症・行方不明で協議そのものが成立しない
  6. 遺言書があれば、これだけ変わる
  7. 親が元気なうちに、どう備える?
遺言書がないために残された家族が遺産分割協議で直面する4つの困りごとと、親が元気なうちに備えることの大切さを描いた一連の場面
遺言書がない場合に家族が直面しやすい困りごとと、今だからこそできる備えの流れ

遺言書がないと、相続は「全員の話し合い」で決まる

遺言書がない場合、誰がどの財産を引き継ぐかは、相続人全員で話し合って決めます。これを遺産分割協議といいます。

この協議には、相続人全員の参加と合意が必要です。一人でも欠けたり、反対したりすると、協議はまとまりません。そして、預金口座の解約や、不動産の相続登記に向けた手続きでは、遺産分割協議書に相続人全員が署名し、実印で押印したうえで、印鑑証明書の添付を求められることがあります。

🌱 遺言書があると、この「全員の話し合い」の負担を大きく減らせる

遺言書で「誰に何を引き継がせるか」が指定されていれば、原則としてその内容に沿って相続を進められます。遺言書に書かれていない財産がある場合などは別途協議が必要になることもありますが、故人の意思が明確になることで、話し合いの負担を大きく減らせます。

このあと紹介する4つの困りごとは、いずれもこの「相続人全員で話し合わなければならない」という大前提から生まれます。一つずつ見ていきましょう。


困りごと①:遺産分割協議が進まない・揉める

最初の困りごとは、遺産分割協議そのものがまとまらないケースです。いわゆる「争族(そうぞく)」と呼ばれる状態です。

ふだんは仲の良い家族でも、いざ財産の話になると、それぞれの立場や思いが表に出てきます。

  • 長男「実家は自分が継いで守りたい」
  • 長女「親の介護をしてきたのは私。その分は考慮してほしい」
  • 次男「法定相続分はきちんと受け取りたい」
  • 配偶者「これからも住む家は確保しておきたい」

どれも、その人にとっては自然な言い分です。けれども、相続財産の中心が分けにくい不動産だったりすると、「誰がどう引き継ぐか」で意見が割れ、話し合いが長期化することも珍しくありません。協議は全員が合意しなければ成立しないため、一人でも納得しなければ、何も決まらないのです。

🌱 遺言書があれば、分け方の「基準」ができる

遺言書で取得者があらかじめ指定されていれば、「誰が実家を継ぐか」をゼロから話し合う負担を減らせます。故人の意思という明確な基準があることで、感情的な対立になりにくく、話し合いを進めやすくなります。

なお、遺産分割協議が複雑になりやすいケースや、協議書の作り方については、遺産分割協議書の作成についてもあわせてご覧ください。


困りごと②:手続きが煩雑で時間がかかる

二つ目は、相続手続きそのものの負担が大きくなるケースです。

遺産分割協議を行うには、まず相続人が誰なのかを確定させなければなりません。そのためには、亡くなった方の出生から死亡までの戸籍をすべて集めて、相続人の範囲を確認する必要があります。相続人が多かったり、遠方に住んでいる・長年疎遠だったりすると、連絡を取って書類を揃えるだけでも、かなりの手間と時間がかかります。

そして協議がまとまった後も、相続人全員の実印印鑑証明書が必要になる場面が多く、一人でも協力が滞ると手続き全体が止まってしまいます。

⚠ 亡くなった方の口座は、当面使えなくなることがあります

金融機関が口座名義人の死亡を把握すると、その口座の取引が制限されます。そのため、葬儀費用やさしあたっての支払いに使いたくても、すぐには引き出せず困ることがあります。遺言書がある場合でも、金融機関ごとに所定の手続きは必要になりますが、手続きの見通しは立てやすくなります。

戸籍収集や口座凍結の具体的な進め方については、戸籍の集め方亡くなった方の銀行口座の凍結と解約で詳しく解説しています。


困りごと③:特定の人に残せない・故人の意図が実現しない

三つ目は、「この人に残したい」という思いが、遺言書がないと実現しないケースです。

遺言書がなければ、財産は原則として法定相続人が承継します。相続人ではない人は、遺産分割協議に参加して当然に財産を取得できるわけではありません。そのため、相続人以外の人やお世話になった人に財産を残したいときは、遺言書による遺贈(いぞう)などで意思を残しておく必要があります。たとえば、次のような希望は、遺言書がないと叶えるのが難しくなります。

  • 入籍していない内縁の配偶者(パートナー)に財産を残したい
  • 献身的に介護してくれた長男の妻など、相続人ではない親族に報いたい
  • 生前お世話になった友人に、いくらか遺したい
  • かわいがってきたに直接残したい
  • お世話になった団体・お寺・NPOなどへ寄付したい
  • 自宅を同居している子に確実に引き継がせたい
  • 事業を特定の後継者に承継させたい

こうした「相続人以外への承継」や「特定の財産を特定の人へ」という希望は、遺言書による遺贈などの形で初めて実現できます。

🌱 「誰に・何を」を形にできるのが遺言書

遺言書は、法定相続のルールでは届かない相手にも、故人の意思で財産を届けられる仕組みです。どの方式で、どう書けば思いが正しく実現するのかは、遺言書の作成ガイドで全体像を確認できます。


困りごと④:認知症・行方不明で協議そのものが成立しない

四つ目は、相続人の中に話し合いに参加できない人がいて、協議そのものが前に進まなくなるケースです。これは実務上とても重い問題です。

相続人の中に、認知症などにより遺産分割協議の内容を理解し判断する能力が十分でない方がいる場合、その方が単独で参加した遺産分割協議は、無効となるおそれがあります。法律上、意思能力を欠く方が行った法律行為は無効とされるためです。この場合、家庭裁判所に申し立てて成年後見人などを選任し、その成年後見人等が本人に代わって協議に関与する手続きが必要になる場合があります。後見人等の選任には、医師の診断書の用意や家庭裁判所での審理が必要で、相応の時間がかかります。

また、相続人の中に行方が分からない方がいる場合も、その人を除いて勝手に協議を進めることはできません。家庭裁判所に不在者財産管理人を選任してもらい、その管理人が家庭裁判所の許可を得たうえで協議に加わる、という手続きが必要になります。

⚠ 「判断能力があるうちかどうか」が分かれ道

認知症であっても、ただちに「何もできない」というわけではありません。ポイントは判断能力の有無です。ただし、判断能力が失われた後では、有効な遺言書を作ることはできなくなります。だからこそ、元気で判断がしっかりしているうちの備えが大切になります。

遺言書があれば、こうしたケースでも、少なくとも「相続人全員で分け方を決める」という大きな負担を減らせる可能性があります。


遺言書があれば、これだけ変わる

ここまで見てきた4つの困りごとが、遺言書があるとどう変わるのか。対比して整理すると、違いがよく分かります。

遺言書がない場合遺言書がある場合
相続人全員で遺産分割協議が必要遺言の内容を基準に進められる
実家を誰が継ぐかで揉めやすい取得者をあらかじめ指定できる
法定相続人以外には渡せない遺贈で特定の人にも残せる
認知症・行方不明者がいると協議が止まる協議の負担を減らせる
故人の思いが家族に伝わりにくい意思を形に残して伝えられる

このように、遺言書は「残された家族の負担を軽くし、故人の思いを実現するための仕組み」といえます。

⚠ ただし、遺言書があれば何でも自由にできるわけではありません

配偶者・子・直系尊属(親など)には、最低限の取り分である遺留分(いりゅうぶん)が法律で保障されています(兄弟姉妹には遺留分はありません)。そのため、特定の一人に極端に偏った内容の遺言書にすると、後で遺留分侵害額請求につながることがあります。遺言書は争いをなくすために作るものですから、遺留分にも配慮した内容にしておくことが大切です。

なお実務上は、相続人全員や受遺者など関係者の合意により、遺言書と異なる形で手続きを進める場合もあります。ただし、遺言の内容や遺言執行者の有無によって扱いが変わるため、個別の確認が必要です。それでも、遺言書があることで「故人の意思」という確かな出発点ができ、話し合いを進めやすくなる点は変わりません。

遺言書には主に「自筆証書遺言」と「公正証書遺言」があります。それぞれの特徴や作り方は、次の記事で詳しく解説しています。


親が元気なうちに、どう備える?

最後に、この記事を読んでくださっている子世代の方に向けて、親が元気なうちにどう備えるかをお伝えします。

ここまで見てきたとおり、有効な遺言書を作れるのは、本人の判断能力がしっかりしている間だけです。「まだ早い」と先延ばしにしているうちに、認知症などで作れなくなってしまうことは、現場でも少なくありません。だからこそ、親が元気な今が、いちばんよいタイミングなのです。

とはいえ、親に遺言書の話を切り出すのは、なかなかデリケートです。「財産が欲しいのか」と受け取られないよう、伝え方には少し工夫がいります。

✅ 親に切り出すときの伝え方の例

  • 「遺産が欲しい」ではなく「手続きで困らないようにしたい」と伝える
  • お父さん(お母さん)の考えを、きちんと形に残してほしい」と伝える
  • 自分たち兄弟が揉めないために、親の希望を聞かせてほしい」と伝える
  • いきなり金額の話ではなく、「実家をどうしたいか」など身近なテーマから聞いてみる
  • 誕生日やお正月など、家族が自然に集まるタイミングで話してみる

また、遺言書は主に「亡くなった後の財産の承継」を決めるものです。認知症になった後の財産管理や、葬儀・死後の事務手続きまで備えておきたい場合は、遺言書だけでは足りないことがあります。その場合は、任意後見契約死後事務委任契約、場合によっては家族信託なども、専門家と連携しながら検討することがあります。何から考えればよいか迷う場合は、相続の専門家に相談しながら、ご家族に合った備えを整えていくのがおすすめです。


まとめ

遺言書がないと、残された家族は「全員での話し合い」を軸に相続を進めることになり、その過程で①協議が揉める、②手続きが煩雑になる、③特定の人に残せない、④認知症や行方不明で協議が止まる、といった困りごとに直面しやすくなります。

これらの多くは、親が元気なうちに遺言書を準備しておくことで、大きく和らげることができます。遺言書は「縁起でもないもの」ではなく、残される家族への思いやりであり、親自身の意思を形にする手段でもあります。

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