
※この記事は2026年9月時点の情報に基づく一般的な解説です。モデル契約条項を使えるかどうかや契約の内容は、賃貸借契約の状況や、ご本人・ご家族の事情によって異なります。賃貸借契約の内容は貸主や管理会社、明渡しや原状回復をめぐる交渉は弁護士にご確認ください。
川崎市にお住まいの50代の方から、こんなご相談をいただきました。
「一人暮らしの母が、賃貸マンションに住んでいます。先日の更新のときに、保証会社のほかに『万一のときの荷物をどうするか』を決めておけないかと言われました。母が亡くなったら、部屋の荷物は誰が片づけることになるのでしょうか」
賃借人が亡くなると、賃借権も部屋に残された家財の所有権も、相続人に承継されます。相続人の有無や所在が分からないと、賃貸借契約の解除も荷物の処理も進みません。国土交通省と法務省は、この「残置物リスク」を軽くするためのひな形として、令和3年に「残置物の処理等に関するモデル契約条項」を示しました。
このコラムでは、モデル契約条項がどういう仕組みなのかと、使う側にとっていちばんの要点になる「指定残置物リスト」について整理します。
目次
- 部屋に残された荷物は、誰のものか
- 国が示した「モデル契約条項」とは
- 2つの委任契約と、賃貸借契約の特約
- すでに入居している場合でも使えるか
- 指定残置物リストを作っておく
- 誰に頼むか|受任者の考え方
- うりずんに相談できること
部屋に残された荷物は、誰のものか
法務省は、賃借人の死亡後、賃借権と居室内に残された家財(残置物)の所有権は、その相続人に承継(相続)されると説明しています。大家さんが自分の判断で片づけてよいものではありません。
そのため、相続人の有無や所在が分からない場合、賃貸借契約の解除や残置物の処理が困難になることがあります。国土交通省は、この不安感から、高齢者の入居の申込みを賃貸人が拒否することがあると説明しています。
亡くなったあとに実際どう進めるかは、「孤独死後の残置物は誰が片付けるのか」で解説しています。貸す側が高齢の方の入居に慎重になる背景は「高齢者が賃貸住宅を借りにくい理由と対策」、住み続けることを前提にした仕組みは「終身建物賃貸借制度とは?高齢者が終身住める借家契約」をご覧ください。
国が示した「モデル契約条項」とは
「残置物の処理等に関するモデル契約条項」は、国土交通省及び法務省が策定したひな形です。法務省がこれを公表したのは令和3年6月です。
国土交通省は、モデル契約条項について、その使用が法令で義務づけられているものではありませんが、利用することにより合理的な死後事務委任契約等が締結され、ひいては単身の高齢者の居住の安定確保が図られることを期待し、広く普及に努めています、と説明しています。
条項の前注にも、利用するためには賃借人及び受任者がその内容を十分に理解した上で任意に同意していることが必要である、と書かれています。大家さんから示されたからといって、内容を確かめずに署名するものではありません。
想定されている利用場面は、法務省の説明では「単身高齢者(60歳以上の者)の入居時(賃貸借契約締結時)」です。ただしこれは原則で、国土交通省のQ&Aは、60歳未満の単身者であっても、推定相続人が存在しない場合や所在が不明である場合など、亡くなったときに残置物を処理すべき者と連絡を取ることが期待できない場合には、活用することは否定されるものではないとしています。
⚠ 使う場面によっては、無効と判断される可能性があります
国土交通省のQ&Aは、残置物の処理等に関する賃貸人の不安感が生じにくい場面で利用すると、民法や消費者契約法に違反して無効となる場合があるとしています。必要性を欠く条項が賃借人に過度の負担を課すとして、無効と判断される可能性があるということです。最終的には、個別の事案の事情を踏まえて裁判所において判断されます。
2つの委任契約と、賃貸借契約の特約
モデル契約条項は、2つの委任契約と、それに対応する賃貸借契約側の特約(関連条項)からできています。契約する相手が違うので、表で整理します。
| 契約の名前 | 誰と誰が結ぶか | 何を決めるか | |
|---|---|---|---|
| 委任契約① | 解除関係事務委任契約 | 賃借人と受任者 | 亡くなったあとに賃貸借契約を解除する代理権 |
| 委任契約② | 残置物関係事務委託契約(準委任) | 賃借人と受任者 | 残置物の廃棄・送付・換価と、金銭の相続人への返還 |
| 賃貸借契約側 | 特約(関連条項) | 賃貸人と賃借人 | 委任契約を結んだことの通知、死亡時・契約終了時の通知義務 |
委任契約①と②は、同じ受任者と結ぶ場合には1通の契約書にまとめても差し支えないとされています。国土交通省は、1通にまとめる場合と別々にする場合の契約書式を用意しています。
賃貸借契約側の特約には、賃貸人の通知義務が置かれています。賃貸人は、賃借人が死亡したことを知ったときは、速やかに、解除関係事務委任契約の受任者に対し、書面又は電磁的記録により通知しなければならないという内容です。賃貸人が受任者や契約の内容を把握することで、亡くなったあとの解除や残置物の処理を進めやすくなります。
なお、この契約を結んでも、賃借権が相続人に承継されること自体は変わりません。相続人の権利や利益と無関係に処理できる仕組みではなく、処理の段取りをあらかじめ決めておくものです。
すでに入居している場合でも使えるか
想定されている場面は入居時ですが、すでに入居している場合はどうか、という疑問には、国土交通省のQ&Aが令和7年10月に追加された項目で答えています。
Q&Aは、すでに入居中の方が単身高齢者であり、かつ個人の保証人もおらず推定相続人の存否も不明といったような残置物リスクが高い場面において、入居者との合意の上でモデル契約条項を利用すること自体は否定されるものではありません、としています。
そのうえで、次の点に留意するよう書かれています。
- 入居者(委任者)の任意の意思を尊重し、委任者と受任者が2つの契約の内容を十分に理解した上で契約を締結する必要があること
- 賃貸借契約の中に特約条項を盛り込む場合は、すでに締結されている賃貸借契約の変更が必要になること
- 更新に当たって特約条項を追加しようとする場合には、入居者との間で合意をした上で更新をする必要があること
入居中の方であれば誰でも結べる、という話ではありません。
指定残置物リストを作っておく
残置物関係事務委託契約では、残置物を指定残置物と非指定残置物に分けています(金銭は除かれ、別に扱われます)。指定残置物とは、委任者が廃棄してはならないものとして指定したものです。
非指定残置物は、委任者の死亡から3か月が経過し、かつ、賃貸借契約が終了したときに廃棄するものとされています。片方だけでは足りず、両方がそろってからです。3か月の起算点は死亡時なので、死亡から3か月が過ぎていれば、賃貸借契約の終了後ただちに廃棄等に着手できます。ただし、保管に適しないものは、死亡した時点で廃棄できるとされています。
換価できるものについては、できるだけ換価するように努めるものとされ、搬出するときは第三者の立会いの下で状況を確認・記録しなければならないと定められています。換価で得た金銭と部屋の中にあった金銭は、相続人に返還されます。
ここでいちばん大切なのが、指定残置物リストです。条項の解説には、価値に照らして廃棄することが適切でないと思われる物(高価な宝石や衣服など)であっても、指定残置物として指定されていなければ、受任者としては廃棄して差し支えないのが原則である、と書かれています。残したいものは、あらかじめ指定しておく必要があります。
Q&Aは、指定のしかたとして次の方法を挙げています。要件は、他の動産から区別できる程度に特定したうえで、廃棄してはならない旨を明確にしておくことです。
- リストに個別に記載する
- 廃棄してはならない旨のシールを貼る
- 特定の金庫や容器について、その中のものを廃棄してはならない旨をリストに載せる、または金庫や容器にその旨のシールを貼り、中に保管しておく
Q&Aは、後日新たに指定したいものが生じた場合、委任者において適宜指定の追加等更新していくことが想定されるとしています。受任者から委任者に定期的に状況確認や更新を促す方法も考えられる、とも書かれています。一度作って終わりにせず、家財が増減したら見直すことが前提です。
なお、愛玩動物や遺骨などについては、法令に基づく取扱いが必要となる場合があり、必要に応じて専門家等に相談のうえ対応が必要だとされています。
誰に頼むか|受任者の考え方
受任者について、条項の前注は、まず賃借人の推定相続人のいずれかが望ましく、それが難しい場合に居住支援法人や居住支援を行う社会福祉法人のような第三者を選ぶ、という考え方を示しています。
賃貸人自身については、受任者とすることは避けるべきであるとされています。管理業者については、直ちに無効とはいえないものの、賃貸人の利益を優先することなく、委任者である賃借人(の相続人)の利益のために誠実に対応する必要があるとされ、転貸人の立場にある場合は受任者とすることは避けるべきと考えられる、と書かれています。
Q&Aは、家賃債務保証業者についても触れています。賃貸借契約の終了が遅くなれば保証の対象である家賃債務の額が増えるなど、委任者と利害が対立することがあるため、受任者とした場合は公序良俗に反して無効と判断される可能性もあると考えられる、という説明です。
受任者を管理業者にしたあとで管理会社が変わった場合、変更後の管理業者に受任者としての地位が当然に承継されるわけではありません。結んだあとも、状況が変わったときは見直しが必要です。
受任者の選び方や、死後事務委任契約で明渡しをどこまで頼めるかは、「死後事務委任契約で賃貸住宅の明け渡しは頼めるか」で整理しています。
受任者の候補に居住支援法人が挙がるのには背景があります。国土交通省は、令和7年10月1日に施行された改正住宅セーフティネット法において、居住支援法人の業務に「入居者からの委託に基づく残置物処理」が追加され、その実施に当たってはモデル契約条項を活用することが基本とされている、と説明しています。
うりずんに相談できること
モデル契約条項をそのまま使えるかどうかは、個別の事情によります。最終的には裁判所において判断されると条項自体が述べており、当事務所がその判断をすることはありません。明渡しや原状回復をめぐる交渉は、弁護士の領域です。
当事務所がお手伝いできるのは、その前の準備です。2つの委任契約の文案を、ご本人の意向を確かめながら整えること、指定残置物リストに何をどう書くかを一緒に考えること、見守り契約や死後事務委任契約とあわせてどう組み立てるかを整理することです。
相続のお手続きでお困りの方へ
うりずん相続手続き相談室では、賃貸住まいの親について「自分が亡くなったあと、部屋のことはどうなるのか」という段階のご相談も含めて、戸籍の収集による相続人調査、財産調査、遺産分割協議書の作成、銀行口座の解約手続きのサポート、遺族年金・未支給年金の請求支援など、行政書士・社会保険労務士として対応できる手続きを中心にお手伝いしています。相続登記や相続税申告、紛争対応が必要な場合には、提携する司法書士・税理士・弁護士と連携し、必要な専門家へ適切におつなぎします。市区町村や年金事務所での手続きに不安をお持ちの方も、どうぞ安心してご相談ください。
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まとめ
賃貸住まいの親の荷物について、押さえておきたい点は次のとおりです。
- 部屋に残された家財の所有権は、相続人に承継される。大家さんが自分の判断で処分できるものではない
- モデル契約条項は国土交通省と法務省が示したひな形で、その使用が法令で義務づけられているものではない
- 中身は2つの委任契約と、賃貸借契約側の特約。委任契約は賃借人と受任者が結ぶ
- 通常の非指定残置物の廃棄は、死亡から3か月の経過と賃貸借契約の終了の両方がそろってから(保管に適しないものは別の定め)
- 残したいものは指定残置物リストに書いておく。指定がなければ、高価なものでも廃棄して差し支えないのが原則とされている



