※この記事は2026年8月時点の情報に基づく一般的な解説です。対応できる範囲は、契約の内容、相続関係、残置物の状況によって変わります。実際のお手続きの前に、お住まいの地域の居住支援協議会の相談窓口、市区町村の住宅担当窓口、または専門家にご確認ください。

賃貸物件をお持ちの方や、管理を任されている不動産会社の方から、単身の高齢者を入居させることへの不安をうかがうことがあります。

国土交通省の資料でも、借主が亡くなったあとに相続人の有無や所在が分からないと、賃貸借契約の解除や室内に残された家財の処理が難しくなり、そのために単身高齢者へ部屋を貸すことをためらう問題が生じている、と整理されています。

この不安は、根拠のないものではありません。ただ、中身を分けて見ていくと、入居時に備えられることと、亡くなったあとに気をつけるべきことがはっきり分かれます。

この記事では、貸す側の立場から、高齢者への賃貸で押さえておきたい点を、行政書士の立場からご説明します。


目次

  1. 高齢の入居希望者を断る前に
  2. 貸す側が抱える不安を分解する
  3. 入居時にできる備え
  4. 入居者が亡くなったときにやってはいけないこと
  5. 契約書に書いてあっても、無効とされる条項があります
  6. では、どう進めるのか
  7. 事前に決めておくのが、いちばん確実です
  8. うりずん相続手続き相談室でできること
入居者が亡くなり荷物が残された物件を持つ50代の大家が、鍵の交換や荷物の処分は避けるべきこと、室内の荷物は相続財産であること、契約書の条項が無効とされた例があること、まず相続人を調べる必要があること、入居時の備えで違いが出ることを行政書士から説明を受けている様子を描いたイラスト

高齢の入居希望者を断る前に

「年齢を理由に断る」という判断は、貸す側にとっても機会損失になることがあります。単身の高齢世帯は今後も増えていきますし、長く住んでくれる方も少なくありません。

とはいえ、不安を抱えたまま貸すのは現実的ではありません。大切なのは、何が不安なのかを具体的に分けて、ひとつずつ手当てすることです。

なお、借りる側から見た「高齢者が賃貸住宅を借りにくい理由と対策」については別の記事でご説明しています。入居希望者がどういう気持ちで申し込んでくるのかを知る材料としてもお読みいただけます。


貸す側が抱える不安を分解する

高齢の入居希望者に対して感じる不安は、おおむね次の4つに整理できます。

  • 家賃を支払い続けてもらえるか
  • 室内で体調を崩したとき、気づく人がいるか
  • 亡くなったあと、家財や荷物を誰が片付けるのか
  • 何かあったときに連絡が取れる相手がいるか

このうち3つ目と4つ目が、他の入居者にはない固有の不安です。そして、この2つこそ入居時の契約で手当てできる部分でもあります。

逆に言えば、何も決めずに入居させてしまうと、亡くなったあとに打つ手が少なくなります。


入居時にできる備え

入居の時点で用意できるものを挙げます。

家賃債務保証

家賃債務保証会社の利用が実務上の主流です。2025年(令和7年)10月1日に施行された改正により、一定の要件を満たす事業者を国が認定する認定家賃債務保証業者の制度も始まりました。認定の基準には、緊急連絡先を親族などの個人に限定しないことなどが含まれています。

緊急連絡先

家賃債務保証は主に金銭債務を対象とする仕組みで、緊急時の連絡までは含まないのが通常です。保証会社と契約していても、緊急連絡先は別に確認しておく必要があります。近年は親族に限らない運用も広がっています。

残置物の処理等に関するモデル契約条項

国土交通省と法務省が示しているひな形です。解除関係事務委任契約残置物関係事務委託契約という2つの委任契約に、これらに対応する特約を賃貸借契約側にも設ける構成になっています。

ここで注意していただきたい点があります。賃貸人(大家)ご自身が受任者になることは、利益相反が生じるため避けるべきとされています。貸す側としての利益を優先し、賃借人やその相続人の利益が害されるおそれがあるからです。受任者は賃借人が選ぶもので、貸す側が決めるものではありません。

死後事務委任契約で賃貸住宅の明け渡しまで頼めるのかについては、別の記事で詳しくご説明しています。

制度としての選択肢

2025年10月からは、見守りや福祉サービスへのつなぎを行う居住サポート住宅の制度も始まっています。また、亡くなった時点で契約が終了し賃借権が相続されない終身建物賃貸借という仕組みもあります。いずれも認可や認定の手続きが必要です。


入居者が亡くなったときにやってはいけないこと

ここからが、この記事でもっともお伝えしたい部分です。

入居者が亡くなり、相続人と連絡が取れない。部屋は荷物でいっぱいで、次の入居者を迎えられない。早く片付けたい——その気持ちは当然です。

ただ、その前に押さえておきたい前提があります。入居者が亡くなったからといって、室内の荷物が大家さんの物になるわけではありません。故人が所有していた家財は原則として相続財産となり、その処分権限は、相続関係を確認せずに大家さんへ移るものではありません。

そのうえで、次の行為は原則として認められていません。

  • 鍵を交換する
  • 無断で室内に立ち入る
  • 荷物を処分する

日本の法制度では、自分の権利を実現するためであっても、裁判所などの手続を使わずに実力で解決することは、原則として認められていません。これを自力救済の禁止といいます。最高裁も、自力救済が例外的に認められるのは、緊急やむを得ない特別な事情があり、必要な限度を超えない場合に限られるとしています。

そして、ここが誤解されやすいところです。賃貸借契約が有効に解除されていても、大家さんが当然に鍵を交換したり、室内の荷物を処分したりできるわけではありません。

無断で室内に立ち入ると、民事上の損害賠償だけでなく、場合によっては住居侵入罪など刑事上の問題に発展するおそれもあります。実際に、無断立入りや荷物の処分について、慰謝料の支払いを命じた裁判例もあります。


契約書に書いてあっても、無効とされる条項があります

「うちの契約書には、滞納したら処分できると書いてある」というお話をうかがうことがあります。

しかし、賃料滞納時に鍵を交換できる、無断で室内に立ち入れるといった自力救済条項については、公序良俗に反し無効と判断した裁判例があります。

したがって、「契約書に書いてあるから大丈夫」と考えるのは危険です。市販のひな形や、古くから使っている書式をそのまま使っている場合、こうした条項が残っていることがあります。この機会に一度、ご自身の契約書を確認されることをおすすめします。


では、どう進めるのか

やってはいけないことを申し上げましたので、正しい順序もお示しします。

相続人を調べる

まず相続人を確認します。大家さんが未払賃料の請求や賃貸借契約終了後の対応など、自己の権利行使・義務履行のために必要な範囲で、戸籍謄本等を第三者請求できる場合があります。ただし、請求理由や疎明資料が必要になるため、実際には市区町村の窓口や専門家に確認しながら進めることが大切です。

相続人に連絡する

相続人が判明したら、まず相続関係や相続放棄の有無を確認しながら、賃貸借契約、残置物、明渡しについて連絡・協議します。

このとき、相続人の側にも事情があることを知っておくと話が進みやすくなります。相続人が室内の家財を売却・廃棄するなど相続財産を処分すると、その行為の内容によっては「相続を承認した」と扱われ、相続放棄に影響することがあります。そのため、相続放棄を検討している相続人は、安易に片付けや処分を進められない場合があるのです。

また、相続人が相続放棄をしている場合は、その方に当然に明渡しや残置物の処理を求められるわけではありません。相続放棄の状況や、誰が相続財産を管理する立場にあるかを確認する必要があります。

孤独死後の残置物を誰が片付けるのかについては、相続人・親族の側から見た記事もご用意しています。

相続人がいない、所在が分からない場合

相続人がいるかどうか分からない場合や、相続人全員が相続放棄して結果として相続する人がいなくなった場合には、相続財産清算人の選任を検討する場面があります。未納家賃があるときには、大家さんが利害関係人に当たる場合もあります。

相続人はいるものの所在が分からない場合には、不在者財産管理人の制度が問題になることもあります。この2つは別の制度ですので、どちらに当たるのかを整理してから進めることになります。

争いがある場合

相続人との間で話がまとまらない、明渡しを強制する必要があるという段階になれば、弁護士にご相談ください。


事前に決めておくのが、いちばん確実です

ここまでお読みいただくと、亡くなったあとの手続きがいかに時間のかかるものかがお分かりいただけると思います。

裏を返せば、入居時に適切な契約と役割分担を決めておけば、死亡後の混乱を大きく減らせるということでもあります。モデル契約条項を使い、受任者と指定残置物を決めておけば、亡くなったあとの流れは大きく変わります。

ただし、モデル契約条項は相続の発生自体をなくす制度ではありません。あくまで、亡くなったあとの解除と残置物処理を円滑にするための事前準備です。

なお、2025年10月の改正により、居住支援法人の業務に、入居者からの委託にもとづく残置物処理が追加されました。ただし、すべての居住支援法人が当然に対応できるわけではなく、必要な認可や業務規程の整備が前提になります。

くり返しになりますが、受任者は賃借人が選ぶものです。貸す側が「この人にしてください」と指定するものではなく、また大家さんご自身が受任者になることも避けるべきとされています。


うりずん相続手続き相談室でできること

当相談室では、大家さん・不動産会社からのご相談について、次のようなお手伝いをしています。

  • 残置物の処理等に関するモデル契約条項の仕組みと、賃貸借契約側に設ける特約の整理
  • 死後事務委任契約、解除関係事務委任契約、残置物関係事務委託契約の内容の確認
  • 相続人調査に必要な戸籍収集の進め方の整理
  • 入居時にそろえておくとよい書類の洗い出し

一方で、大家さん側に立った債権回収、明渡しの交渉、相続人との交渉、争いのある事案の代理は、行政書士が担う領域ではありません。具体的な事案で、立入りや残置物の処分が許されるかどうか、明渡しをどう進めるかといった判断は、法的紛争に発展する可能性があるため、弁護士へご相談いただく必要があります。

また、物件の紹介、賃貸借の代理または媒介、入居審査の代行は当室の業務範囲外です。賃貸借の代理・媒介を業として行うには、宅地建物取引業法上の免許が必要です。

相続のお手続きでお困りの方へ

不動産の相続登記、相続税の申告、明渡しや原状回復をめぐる紛争への対応については、提携する司法書士・税理士・弁護士と連携してお手伝いします。

川崎・横浜エリアを中心に、初回のご相談は60分無料・土日祝もご予約可能・秘密厳守・お問い合わせには翌営業日までにご返信しています。お電話・LINE・お問い合わせフォームから、お気軽にご連絡ください。

なお、入居希望者ご本人の側からは、受任者をどうするか、死後事務委任契約をどう準備するかといったご相談にも対応しています。


まとめ

高齢者への賃貸をためらう理由は具体的で、備える方法があります。家賃債務保証、緊急連絡先、そして残置物の処理等に関するモデル契約条項。この3つを入居時にそろえておけば、亡くなったあとの手続きは大きく変わります。

一方、亡くなったあとに鍵を交換する、荷物を処分するといった行為は、自力救済として原則的に認められていません。契約書に自力救済条項が置かれていても、無効と判断した裁判例があります。

急ぎたい気持ちがあるからこそ、順序を守ることが結果としていちばん早い道になります。相続人を調べ、連絡を取り、必要であれば裁判所の手続きを使う。その過程で判断に迷われたときは、一度ご相談ください。