※この記事は2026年9月時点の情報に基づく一般的な解説です。相続放棄・相続分の放棄・相続分の譲渡は、相続人という立場が残るか、相続債務をどう扱うか、家庭裁判所の手続きが必要かがそれぞれ異なり、どの方法が適しているかはご本人の状況や遺産分割の進み具合によって変わります。相続放棄の申述については家庭裁判所、家庭裁判所の手続の代理については弁護士、裁判所に提出する書類の作成については司法書士、相続税については税理士、相続人の間で分割の内容に争いがある場合や相続分の放棄・譲渡を求められて納得できていない場合については弁護士、戸籍の収集や相続関係の整理については行政書士にご確認ください。
遺産分割の話し合いの中で、「相続分を放棄するという方法もある」と聞きました。相続放棄と同じようなものだろうと思って調べてみると、どうも違うらしい。父に借金があるかもしれないので、そのあたりが気になっています——そんなご相談をいただくことがあります。
「相続放棄」「相続分の放棄」「相続分の譲渡」。名前は似ていますが、効果はまったく違います。 とくに相続債務の扱いが違うので、混同したまま選ぶと後から困ることになります。
このコラムでは、この3つの違いを整理します。相続債務を承継しないための制度として民法が定めているのは相続放棄です。 手続きと期限については相続放棄の期限と手続きで扱っています。
目次
- 似ているけれど、効果がまったく違います
- 相続放棄|相続人でなくなる
- 相続分の放棄|民法に明文の規定はありません
- 相続分の譲渡|905条が定めているのは取戻権です
- 3つを並べて比べる
- 迷ったときは
似ているけれど、効果がまったく違います
3つの言葉を並べてみます。
相続放棄は、家庭裁判所に申述して、はじめから相続人でなかったことにする手続きです。
相続分の放棄は、遺産分割で自分の取り分をゼロにするものです。
相続分の譲渡は、自分の相続分を他の人に譲るものです。
一見すると、どれも「相続に関わらない」という点で似ています。ただ、相続人という立場が残るかどうか、相続債務をどう扱うか、家庭裁判所の手続きが必要かどうかが違います。
この記事では、その違いを順に見ていきます。
相続放棄|相続人でなくなる
民法938条は、相続の放棄をしようとする者は家庭裁判所に申述しなければならないと定めています。
そして939条は、放棄をした者は「その相続に関しては、初めから相続人とならなかったものとみなす」としています。
相続人でなかったことになるので、財産も債務も引き継ぎません。 仙台家庭裁判所の資料には、「プラスの財産である『資産』とマイナスの財産である『負債』の両方を放棄したことになります」と説明されています。
申述は、原則として「自己のために相続の開始があったことを知った時」から3か月以内に行う必要があります(民法915条1項)。細かな起算点や、期間を延ばす手続きについては相続放棄の期限と手続きで詳しく扱っています。
なお、同じ順位の相続人が全員放棄した場合、次の順位の方が相続人になります。仙台家庭裁判所の資料にも、子の全員が相続放棄をしても第2順位・第3順位の相続人が順次相続人となる旨の説明があります。
相続分の放棄|民法に明文の規定はありません
相続分の放棄は、家庭裁判所の遺産分割手続でも使われている方法ですが、民法にこれを直接定めた明文の規定はありません。
実際、裁判所には「相続分放棄届出書」といった書式が用意されており、遺産分割の調停や審判の手続の中で使われています。民法にこれを直接定めた明文の規定はありませんが、家庭裁判所の遺産分割実務では用いられています。
では、どういう効果があるのか。
⚠ 相続分を放棄しても、相続債務の負担は残ります
京都家庭裁判所の案内には、相続分の放棄について「相続債務はそのまま負担し、相続人たる地位を失わないものと解されています」と書かれています。また、相続放棄と異なり、遺産の債務を負担しなければならない場合があるとも説明されています。
相続分を放棄しても、相続債務の負担がなくなるわけではありません。 相続債務を承継しないための制度として民法が定めているのは、前の節でお伝えした相続放棄です。
相続分を放棄しても、相続人という立場は残ります。
相続分を放棄した後、裁判所の排除決定を受けることで、遺産分割手続の当事者でなくなることがあります。ただし、事案によっては当事者としてとどまる必要があります。
相続分の譲渡|905条が定めているのは取戻権です
相続分の譲渡について、民法905条は次のように定めています。
第九百五条 共同相続人の一人が遺産の分割前にその相続分を第三者に譲り渡したときは、他の共同相続人は、その価額及び費用を償還して、その相続分を譲り受けることができる。
2 前項の権利は、一箇月以内に行使しなければならない。
読んでいただくと分かるように、この条文が定めているのは「取り戻す側」の権利です。共同相続人以外の第三者に相続分を譲った場合、他の相続人が価額と費用を払って取り戻せる、という内容になっています。
民法905条は、相続分譲渡の一般的な効果を定める条文ではなく、第三者への譲渡を前提に取戻権を定めています。
では、相続債務はどうなるのか。
旭川家庭裁判所の資料には、次のように説明されています。
相続分の譲渡により,譲渡人の相続分は譲受人に移転し,譲受人は譲渡人が有していた相続分を取得します。つまり相続に関する譲渡人のすべての権利,義務を譲受人が取得します。
ただし、これは遺産分割の手続から抜けるときの説明です。
相続分の譲渡について、譲渡人と債権者との対外的な関係を直接説明した公的資料は確認できませんでした。 相続分を譲渡しただけで、相続放棄と同じように債権者に対する責任が当然になくなるとは考えないことが大切です。
3つを並べて比べる
ここまでの内容を表にまとめます。
| 比較項目 | 相続放棄 | 相続分の放棄 | 相続分の譲渡 |
|---|---|---|---|
| 相続人の地位 | 初めから相続人でなかったものとみなされる | 相続人たる地位は失わない | 相続放棄と同じ効果ではない |
| 遺産分割での取得分 | 相続人ではないため参加しない | ゼロになる | 譲受人に移る |
| 相続債務 | 権利・義務を一切承継しない | 相続債務は負担する | 相続放棄と同じではない(下記参照) |
| 家庭裁判所への申述 | 必要 | 相続放棄のような申述は不要 | 相続放棄のような申述は不要 |
| 遺産分割手続から外れるか | 参加しない | 排除決定により当事者でなくなることがある | 当事者適格を失う場合がある |
表の中でいちばん気をつけていただきたいのは、相続債務の行です。
相続放棄だけが、資産も負債も引き継がないという効果をはっきり持っています。相続分の放棄は、京都家庭裁判所の説明によれば相続債務をそのまま負担します。
相続分の譲渡については、旭川家庭裁判所の資料に「譲受人が権利・義務を取得する」という説明がありますが、これは遺産分割手続から抜けるときの話です。京都家庭裁判所は別に、被相続人の債務は相続開始により法定相続分に応じて承継され、相続人の間で誰が負担するかを決めても、その内部的な合意を当然には債権者へ主張できないと説明しています。相続分を譲渡しただけで、債権者に対する責任が当然になくなるとは考えないでください。
家庭裁判所への申述についても補足します。相続放棄は家庭裁判所への申述が必要ですが、相続分の放棄と譲渡は、相続放棄のような申述を必要としません。 相続分の放棄は放棄する方の意思表示、相続分の譲渡は譲る方と譲り受ける方の合意によるものとされています。裁判所に書式が用意されているのは、遺産分割の手続を進めるためです。
次の順位の相続人への影響についても触れておきます。相続放棄については、同じ順位の相続人が全員放棄すると次の順位の方が相続人になります。一方、相続分の放棄は相続人たる地位を失わないため、相続放棄のように、それだけで次順位の方が相続人になる制度ではありません。 相続分の譲渡が次順位の方に与える影響については、公的機関の説明を確認できませんでした。
期間の制限も3つで異なります。相続放棄には原則として3か月という期間があります。相続分の放棄に期限があるかどうかは、公的機関の説明を確認できませんでした。民法905条が対象としているのは、遺産分割前に第三者へ相続分を譲渡した場合です。同条の「1か月」は譲渡そのものの期限ではなく、他の共同相続人が取戻権を行使する期間です。
迷ったときは
3つのうちどれを選ぶかは、何をしたいのかによって変わります。
相続債務を承継したくない場合、民法が定めているのは相続放棄です。相続放棄には、原則として自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月という期間があります。債務の有無がまだ分からない場合も、期限を意識しながら早めに財産・債務の状況を確認することが大切です。
遺産分割の話し合いから離れたいだけの場合は、相続分の放棄や譲渡という方法があります。ただし、相続債務については上でお伝えしたとおりです。
どの方法がご自身にとって有利かという判断は、このコラムではお示しできません。 財産と債務の内容、他の相続人との関係、遺産分割の進み具合によって変わるためです。
手続きの担い手についても整理しておきます。
家庭裁判所の手続代理人は、原則として弁護士です。 司法書士は、司法書士法に基づき裁判所へ提出する書類の作成を行います。
他の相続人から相続分の放棄や譲渡を求められ、内容や効果に納得できていない場合は、署名や押印をする前に弁護士へ相談することを検討してください。
うりずんでは、戸籍の収集による相続人調査、財産と債務の洗い出し、争いのない場合の遺産分割協議書の作成をお手伝いしています。家庭裁判所への手続きが必要な場合は、提携する司法書士・弁護士におつなぎします。
まとめ
名前の似た3つの制度について整理しました。
相続放棄は、家庭裁判所に申述して、はじめから相続人でなかったことにする手続きです。資産も負債も引き継ぎません。原則として3か月という期間があります。
相続分の放棄は、遺産分割での取得分をゼロにするものです。民法に明文の規定はなく、家庭裁判所の実務で使われています。京都家庭裁判所の説明によれば、相続債務はそのまま負担し、相続人という立場も失いません。
相続分の譲渡は、自分の相続分を他の人に譲るものです。民法905条は、遺産分割前に第三者へ譲渡した場合を対象に、他の相続人が取り戻せる権利を定めています。相続分の譲渡と、譲渡人・相続債権者との対外的な関係を直接説明した公的資料は確認できませんでした。相続分を譲渡しただけで、相続放棄と同じように債権者に対する責任が当然になくなるとは考えないことが大切です。
相続放棄には期間制限があります。 債務の有無を確認するときも、期限を意識して進めることが大切です。
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