
※この記事は2026年9月時点の情報に基づく一般的な解説です。成年後見は、遺産分割が終わったことだけを理由に終了する制度ではなく、判断能力の程度によって後見・保佐・補助のどれを利用するかも変わるため、署名を求める前に状況を確認し、制度の性質を理解したうえで進め方を判断することが大切です。法定後見の申立てや必要書類については申立先の家庭裁判所、家庭裁判所へ提出する書類の作成については司法書士または弁護士、家庭裁判所での手続の代理や相続人の間で争いがある場合については弁護士、市町村長による申立てについてはお住まいの市区町村、相続税については税理士、不動産の名義変更については法務局や司法書士、戸籍の収集や相続関係の整理については行政書士にご確認ください。
父が亡くなり、相続人は母と、私と弟の3人になりました。遺産分割協議書を作って、母にも署名をもらおうと思っています。
ただ、母には認知症の症状があります。書類の内容をどこまで理解しているのか、正直なところ分かりません。このまま署名をもらってよいのだろうか——そうしたご相談をいただきます。
このコラムでは、署名を求める前に何を確認すればよいかと、そのあとどう動くかを整理します。
目次
- 署名を求める前に、確認しておきたいこと
- 認知症だから協議できない、ではありません
- 成年後見は、遺産分割が終わっても続きます
- 申立ての進め方
- 成年後見人と本人が、共同相続人になるとき
- 制度ごとの関わり方の違い
- ご相談いただけること
署名を求める前に、確認しておきたいこと
まず押さえておきたいことがあります。
民法は、意思表示をしたときに意思能力を有しなかった場合、その法律行為は無効とすると定めています。
遺産分割協議も法律行為です。内容を理解して判断できる状態になかった方が署名した協議は、無効となるおそれがあります。
だからこそ、署名を求める前に、判断能力の状況を確認するという順序が大切になります。
⚠ 診断名だけで決まるものではありません
裁判所は、認知症という診断名ではなく、判断能力がどの程度あるかという基準で制度を分けています。
「認知症と診断された」ことと、「遺産分割協議ができない」ことは、同じではありません。
会話ができるから大丈夫、署名できるから問題ない——そうした見た目だけで判断することもできません。 逆に、診断を受けているから協議に加われない、ということでもありません。
認知症だから協議できない、ではありません
法定後見制度は、判断能力の程度によって3つに分かれます。
| 制度 | 対象(裁判所の説明) |
|---|---|
| 後見 | 判断能力が欠けているのが通常の状態の方 |
| 保佐 | 判断能力が著しく不十分な方 |
| 補助 | 判断能力が不十分な方 |
このうち、遺産分割協議で誰が手続きをするかが変わります。
後見の場合は、成年後見人が本人を代理して協議に参加します。
保佐の場合は、原則として本人が遺産分割協議を行い、保佐人の同意を得ます。民法は、相続の承認・放棄や遺産の分割について、保佐人の同意を得なければならないと定めています。ただし、家庭裁判所から遺産分割について代理権を付与されている場合は、保佐人が本人を代理することもあります。
補助では、本人が基本的に手続きを行い、補助人にどの同意権・代理権が付与されているかによって関わり方が変わります。
どの区分に当たるかを決めるのは家庭裁判所です。診断書を見れば区分が決まる、というものではありません。
判断能力の程度によって法定後見制度の利用を検討することになりますが、ここで知っておきたいのは、成年後見は「遺産分割だけのために一時的に使う制度」ではないという点です。
成年後見は、遺産分割が終わっても続きます
これが、この記事で最もお伝えしたいことです。
⚠ 遺産分割が終わっても、成年後見は終わりません
裁判所は次のように説明しています。
「後見等が開始されると、申立てのきっかけとなったこと(例えば、預貯金の解約、遺産分割、保険金の受取等)が解決した後も、本人の能力が回復されるか、本人が亡くなるまで手続は続きます。また、ご家族の意思や本人の希望でやめることはできません。」
別の案内でも、「申立てのきっかけとなった当初の目的(例えば、保険金の受領や遺産分割など)を果たしたら終わりというものではありません」と説明されています。
遺産分割を進めるために後見人を立てる——そう考えて申し立てると、遺産分割が終わったことだけを理由に、成年後見が終了することはありません。
また、申立書は提出した後、家庭裁判所の許可がなければ取り下げられません。 「とりあえず申し立ててみる」という進め方は避けたほうがよいでしょう。
後見人が報酬を受ける場合、その額は家庭裁判所が決め、本人の財産から支払われます。
それでも、必要な場面では適切な制度を利用することが大切です。 本人の判断能力の状態や、必要な同意・代理などを確認しないまま遺産分割を進めると、後から協議の効力が問題になる可能性があります。制度の性質を理解したうえで進め方を判断する、という順序が大切です。
申立ての進め方
法定後見を利用する場合、家庭裁判所に申し立てます。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 申立先 | 本人の住所地の家庭裁判所 |
| 申立人 | 本人、配偶者、四親等内の親族など |
| 費用 | 後見開始は申立手数料800円+登記手数料2600円。保佐で代理権付与などを併せて申し立てる場合は追加の申立手数料がかかります。補助開始では、同意権または代理権付与の申立てを同時に行うため、その申立手数料も必要です |
| 審理期間 | 目安として、おおむね1か月から2か月程度と案内している裁判所があります(鑑定を行う場合は、更に鑑定を実施する期間が必要) |
このほか連絡用の郵便料が必要ですが、金額は裁判所によって異なります。 申立先の家庭裁判所でご確認ください。
⚠ 「相続人だから申し立てられる」ではありません
裁判所が示している申立人の一覧に、「相続人」という資格はありません。 本人、配偶者、四親等内の親族などです。
実際には多くの相続人が親族として該当しますが、相続人であることが根拠ではないという点にご注意ください。
申立てには、医師の診断書が必要です。 家庭裁判所が必要と判断した場合には、鑑定が行われることがあります。鑑定の費用は申立人の負担とされています。
親族がいない、親族の協力が得られないなど、本人の福祉のため市町村長による申立てが検討される場合もあります。 老人福祉法は、65歳以上の方について、市町村長が「その福祉を図るため特に必要があると認めるとき」に申し立てることができると定めています。「できる」という定め方で、市町村が判断します。お住まいの市区町村へご相談ください。
成年後見人と本人が、共同相続人になるとき
ここは特に注意が必要な場面です。
たとえば、父が亡くなり、母と子が相続人になったとします。母に後見人が就き、その後見人が子であるという場合。
このとき、後見人は母を代理して協議に参加する立場であると同時に、自分自身も相続人です。母の取り分を決めることが、自分の取り分を決めることにもなります。利益が相反するわけです。
民法は、この場合について特別代理人の選任を家庭裁判所に請求しなければならないと定めています。これは、未成年の子がいる場合の規定を、後見人にも準用する形になっています。
裁判所も、本人と成年後見人が共同相続人として遺産分割協議をする場合を例に挙げ、後見人に代わって裁判所が選任した別の人が本人を代理すると説明しています。
⚠ 監督人がいる場合は、特別代理人は不要です
成年後見監督人が選任されている場合には、監督人が本人を代理するため、特別代理人の選任は必要ありません。
特別代理人の選任を申し立てる場合、申立先は後見開始の審判をした家庭裁判所です。本人の住所地ではありません。
費用は収入印紙800円です。後見開始の申立費用とは別です。
なお、保佐人・補助人に遺産分割についての代理権が付与されており、本人との利益が相反する場合には、臨時保佐人・臨時補助人の選任が必要になります。
制度ごとの関わり方の違い
遺産分割協議で誰がどう関わるかを整理します。
| 場面 | 誰が協議に参加するか | 支援者と本人が利益相反のとき |
|---|---|---|
| 判断能力がある | 本人自身 | — |
| 後見 | 成年後見人が代理 | 特別代理人の選任が必要(後見監督人がいれば不要) |
| 保佐 | 原則は本人+保佐人の同意。代理権があれば保佐人が代理 | 代理権がある場合:臨時保佐人 |
| 補助 | 原則は本人。付与された同意権・代理権の範囲によって補助人が関与 | 代理権がある場合:臨時補助人 |
| 未成年+利益相反 | 特別代理人が代理 | — |
なお、未成年の相続人がいる場合の特別代理人は、審判で定められた特定の行為が終われば任務も終了します。 成年後見とは、制度の終わり方も異なります。 未成年の相続人がいる場合については未成年の相続人がいると特別代理人が必要?で扱っています。
すでに任意後見契約が登記されている場合、法定後見の審判は、本人の利益のため特に必要がある場合に限られます。 2つの制度の違いについては任意後見と法定後見の違いをご覧ください。
成年後見制度は2026年に改正法が成立していますが、成年後見制度に関する部分はまだ施行前です。 改正の内容については2026年改正で成年後見制度はどう変わる?家族が知っておきたい5つのポイントで扱っています。
ご相談いただけること
遺産分割を進める前に、相続人が誰かを確定し、相続財産を把握することが必要です。
うりずんでは、戸籍の収集による相続人調査、相続関係や財産の整理、争いのない案件での遺産分割協議書案の作成などをお手伝いしています。
家庭裁判所への申立てに関わる部分は、提携する司法書士・弁護士へおつなぎします。 家庭裁判所での手続代理や、相続人間の紛争に関する法律相談が必要な場合は弁護士へおつなぎします。
遺産分割協議書の書き方については遺産分割協議書の書き方と雛形で、相続人が行方不明の場合については相続人が行方不明のときはどうする?で扱っています。
認知症になる前の備えについては認知症になる前にやるべき相続対策をご覧ください。
まとめ
相続人に認知症の方がいる場合について整理しました。
認知症という診断名だけで、遺産分割協議ができないと決まるわけではありません。 判断能力の程度などを踏まえて、家庭裁判所が後見・保佐・補助のいずれの制度を開始するか判断します。
保佐の場合は、原則として本人が協議に参加します。 保佐人の同意を得る形です。代理権を付与されている場合は、保佐人が代理することもあります。
成年後見は、遺産分割が終わっても続きます。 本人の判断能力が回復するか、本人が亡くなるまでです。申立書は提出後、家庭裁判所の許可がなければ取り下げられません。
成年後見人と本人が共同相続人として遺産分割協議をする場合、利益相反となるため特別代理人の選任が必要です。後見監督人がいる場合は不要です。
署名を求める前に、判断能力の状況を確認してください。 必要な同意や代理を確認しないまま進めると、後から協議の効力が問題になる可能性があります。
相続のお手続きでお困りの方へ
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