※この記事は2026年8月時点の情報に基づく一般的な解説です。2026年6月24日に成年後見制度を見直す改正法が公布されていますが、成年後見制度に関する改正部分は本稿執筆時点では未施行であり、本稿は現行制度を前提としています。可否は、契約の内容、契約したときのご本人の状態、勧誘のされ方、そして期限によって変わります。実際の手続きの前に、お住まいの地域の消費生活センター(消費者ホットライン188)、家庭裁判所、お住まいの市区町村の窓口、または専門家にご確認ください。
「認知症の母が、必要とは思えない高額な商品を契約していた」「父が亡くなったあと、家族が契約書を見つけた」。川崎市・横浜市でご相談をお受けしていると、そうしたお話をうかがうことがあります。多くの方が最初におっしゃるのは、「認知症だったのだから、取り消せるのではないか」という一言です。
先にお伝えしておきます。この記事は、個別のケースについて、その契約を取り消せるかどうかを判断するためのものではありません。判断に使われる考え方が複数あり、それぞれ前提が違うということ、そして何をどの順番で確認していくのかを整理するための記事です。
可否は、契約の内容、契約したときのご本人の状態、勧誘のされ方、そして期限によって変わります。ご自身で当てはめて結論を出そうとせず、書面をそろえたうえで窓口へご相談ください。
目次
- 「認知症だから取り消せる」ではない|まず結論
- 判断の基準は診断名ではない|契約した時点の意思能力
- 無効と取消しは違う|民法上の2つの考え方
- 後見開始の審判が確定している場合|取り消せる範囲と日常生活の例外
- 契約時に審判が確定していなかった場合|契約時の意思能力を確認する
- 勧誘の仕方に問題があった場合|消費者契約法という別の道
- 実際に進めるときの順番
- うりずんに相談できること
「認知症だから取り消せる」ではない|まず結論
結論を先に申し上げます。
認知症の診断があることだけを理由に、契約が当然に効力を失ったり、取り消せたりするわけではありません。
見られるのは診断名ではなく、その契約をしたときに、ご本人が契約の内容と結果を理解できる状態だったかです。診断がついていても、日常の判断はご自身でなさっている方は大勢いらっしゃいます。逆に、診断を受けていなくても、そのときの状態によっては別の評価になることもあります。
そのうえで、どの考え方が使えるかは、いくつかの事情によって分かれます。
- 契約をした時点で、後見開始の審判が確定していたかどうか
- 契約をした時点で、ご本人が契約の内容と結果を理解できる状態だったかどうか
- 勧誘のされ方に問題がなかったかどうか
「診断があるだけでは決まらない」というのは、確かに期待とは違うお話です。ただ、確認すべき道筋は一つではありません。以下、順にご説明します。
判断の基準は診断名ではない|契約した時点の意思能力
ここで意思能力という言葉が出てきます。あまり日常では使わない言葉ですが、この記事の土台になります。
意思能力とは、自分がしようとしている行為の意味と、その結果を理解して判断できる能力のことをいいます。民法3条の2は、意思能力を欠く状態でされた法律行為は無効とする、と定めています。
大切なのは時制です。見られるのは「いまどうか」ではなく、その契約をした、まさにその時点でどうだったかです。半年前の契約であれば半年前の状態が、3年前の契約であれば3年前の状態が問われます。
そのため、確認は後から振り返る形で進みます。手がかりになるのは、たとえば次のようなものです。
- 当時の診断書、通院の記録、介護保険の認定に関する資料
- ご家族やまわりの方が見ていた、当時の暮らしの様子
- 契約の内容そのもの(ご本人の生活に照らして不自然でないか、金額が見合っているか)
- 契約書の筆跡や、記入の状況
診断書はそのうちのひとつであって、それだけで決まるものではありません。「診断があるから意思能力がなかった」とも、「診断がないから問題なかった」とも、どちらにも言い切れないのが実際のところです。
なお、いま現在のご本人の様子が心配で、これから何をすればよいかをお考えの場合は、高齢の親が不要な契約をしていないか確認する方法で、ご家族にできることとその限界を整理しています。この記事は、すでに結ばれた契約を後から振り返る場面を扱います。
無効と取消しは違う|民法上の2つの考え方
ここが、この記事でいちばんお伝えしたいところです。「無効」と「取消し」は、似ているようで別の考え方です。混同したまま窓口へ行くと、話がかみ合わなくなります。
| 無効 | 成年被後見人の取消し | |
|---|---|---|
| 根拠となる規定 | 民法3条の2 | 民法9条 |
| 対象になる行為 | 意思能力を欠く状態でした法律行為 | 成年被後見人がした法律行為 |
| 前提 | 後見開始の審判は不要 | 契約時に後見開始の審判が確定していること |
| 主に確認されること | 契約をしたときのご本人の状態 | 審判が確定した時期と、行為の種類 |
ごく大まかにいえば、後見の手続きをしていなくても問題にできるのが無効、契約の時点で後見開始の審判が確定していることが前提になるのが成年被後見人の取消しです。
なお、取消しの仕組みは成年被後見人の場合だけではありません。保佐や補助でも、同意が必要とされた行為について、別に取消しの仕組みが設けられています。後見・保佐・補助という3つの類型ごとに、どこまでの権限が認められるかは異なります。制度としての詳しい違いは任意後見契約と法定後見の違いで扱っていますので、そちらをご覧ください。この記事では、すでに結ばれた契約をどう考えるか、という場面に絞ります。
なお、民法上のこの2つだけが手段というわけではありません。勧誘の方法や取引の類型によっては、消費者契約法、特定商取引法、民法上の詐欺や強迫など、別の制度が問題となることがあります。この点は後ほど改めてご説明します。
後見開始の審判が確定している場合|取り消せる範囲と日常生活の例外
まず、契約をした時点で、すでに後見開始の審判が確定していた場合です。
後見開始の審判が確定し、ご本人が成年被後見人となった後にご本人がした法律行為は、取り消すことができるとされています。判断能力が低下した方が不利な契約を結んでしまったときに、これは大きな保護になります。
ただし、すべてが対象になるわけではありません。日用品の購入その他日常生活に関する行為は除かれます。日々の買い物までさかのぼって取り消せるとなると、かえってご本人の暮らしが立ちゆかなくなるためです。どこまでが「日常生活に関する行為」にあたるかは、ご本人の生活の状況や金額によって変わります。
もうひとつ、時期の問題があります。審判は、申立てをして裁判所が判断すればその場から効力が生じる、というものではありません。裁判所の案内では、原則として、後見人が審判書の謄本の送達を受けた日の翌日から起算して2週間を経て審判が確定し、その時点から後見人の職務が始まるとされています。
つまり、「申立てをした」「審判が出た」という段階と、「確定した」という段階は別です。この時期の区切りが、次の見出しの内容に直接つながります。
なお、後見人の選び方や費用、制度の選択については認知症になる前にやるべき相続対策で扱っています。2026年に成立した改正法による見直しの方向については2026年改正で成年後見制度はどう変わる?をご覧ください。
契約時に審判が確定していなかった場合|契約時の意思能力を確認する
実際のご相談で圧倒的に多いのは、こちらです。契約をした時点では後見の手続きをしておらず、トラブルに気づいてから初めて後見を考え始めた、という順序です。
ここが、最も誤解の多いところです。
後から後見開始の審判が確定しても、それ以前にご本人がした契約を、民法9条だけを根拠として遡って取り消せるわけではありません。契約時にご本人が意思能力を欠いていた場合には、民法3条の2による無効が問題となります。ただし、認知症の診断や後日の後見開始だけで無効になるものではなく、契約当時、ご本人がその契約の内容と結果を理解できる状態だったかを個別に確認します。
「いまから後見の申立てをすれば、去年の契約も取り消せるようになる」とお考えになる方がいらっしゃいますが、そういう仕組みにはなっていません。審判が確定した後の行為と、それ以前の行為とでは、拠りどころが変わります。
そしてもう一点、こちらも大切です。
審判前の契約だから、検討できるのは民法3条の2だけ、という意味ではありません。勧誘方法や取引類型によっては、消費者契約法、特定商取引法、民法上の詐欺・強迫など、別の制度が問題となることがあります。
意思能力を欠いていたとまでは言いにくい場合でも、道が閉ざされるわけではないということです。次の見出しで、そのうちのひとつをご説明します。
なお、契約当時の様子を示す資料をどう集めるかについては、高齢の親が不要な契約をしていないか確認する方法でご紹介した郵便物・引き落とし・保管書類の整理が、そのまま手がかりになります。いつ、誰と、何を契約したのかが分かる資料をそろえておいてください。
勧誘の仕方に問題があった場合|消費者契約法という別の道
契約時に意思能力を欠いていたとまではいえなくても、事業者が重要な事項について事実と違う説明をしたため誤認した場合や、帰ってほしいと求めても居座るなどして困惑させた場合には、消費者契約法による取消しが問題となることがあります。
また、消費者が加齢や心身の故障により判断力が著しく低下したことから、現在の生活の維持に過大な不安を抱いていることを事業者が知りながら、その不安をあおり、合理的な根拠その他の正当な理由がないのに、契約をしなければ現在の生活の維持が困難となる旨を告げ、それによって消費者が困惑して契約した場合は、消費者契約法4条3項7号による取消しが問題となることがあります。ただし、認知症の診断だけで適用される規定ではなく、それぞれの要件と期限の確認が必要です。
この規定は、判断力の低下そのものに着目している点で、この記事の主題と深く関わります。「意思能力を欠いていたとは言えないが、明らかに不安につけ込まれている」という場面は実際にあります。
このほか、同じ事業者から次々と契約させられていた場合など、契約の量に着目した考え方もあります。この点は高齢者が狙われやすい契約トラブルとは?で整理していますので、あわせてご覧ください。訪問販売など特定の取引については、期間内であればクーリング・オフという別の制度もあります。詳しくは訪問販売とクーリング・オフの基本をご覧ください。
いずれについても、どの要件を満たすか、期限がどうなっているかは個別に確認する必要があります。ここで挙げたのは、検討の入口があるということまでです。
実際に進めるときの順番
ここまでを踏まえて、実際に何から手をつけるかを整理します。
- 1 消費者ホットライン188へ相談する。お近くの消費生活相談窓口につながります。制度が使える場面かどうかや、事業者への申入れについては、専門の相談員が状況を整理してくれます
- 2 資料を集める。契約書、請求書、領収書、当時の様子が分かる記録。いつの契約なのかが分かるものを優先してください
- 3 法的な争いが見込まれる場合は弁護士へ。相手方との交渉や、訴訟にわたる対応が必要になる場面です
- 4 後見の利用を検討する段階になったら、状況により司法書士・弁護士への相談も検討する。申立てを行う場合は、家庭裁判所での手続きが必要になります
順番を1から4へきちんと進めなければならない、という意味ではありません。ただ、最初に188へご相談いただくと、その後どこへ向かえばよいかが見えやすくなります。
期限についても一言添えておきます。ここでご説明した制度には、それぞれ期限が定められているものがあります。「もう少し様子を見てから」と迷っているうちに、選べる道が狭まってしまうことがあります。どの制度が使えるかが分からない段階でも、相談だけは早めになさってください。
事業者へ書面で通知を出す場面については、内容証明郵便でできること・できないことで、証明できることとできないこと、誰に頼めるかを整理しています。
うりずんに相談できること
うりずん相続手続き相談室では、契約当時の状況を時系列に整理し、どの窓口へ相談すればよいかを切り分けるお手伝いをしています。
ご相談の内容に応じて、次のような対応をしています。
- 契約書・請求書・当時の記録を確認し、事実関係を時系列に整理すること
- 消費生活センターなど、あわせて相談すべき窓口のご案内
- 判断能力の低下に備える契約(任意後見・財産管理委任)のご相談
- 相続開始後の戸籍収集、財産調査、遺産分割協議書の作成、口座解約のサポート
- 社会保険労務士として行う遺族年金等の請求支援
一方で、業務の範囲には明確な線があります。
すでに判断能力が低下しており、法定後見の申立てが必要な場合には、提携する司法書士・弁護士と連携してご案内します。申立ての手続きそのものは、うりずんが担う領域ではありません。
また、事業者との交渉や、争いのある事案の代理は、行政書士の業務の範囲外です。法的紛議が生ずることがほぼ不可避な案件については、文案の作成も含めて、提携する弁護士へおつなぎします。相続登記の申請は司法書士、相続税の申告は税理士、公正証書の作成は公証人と、それぞれ連携して対応します。
そして、個別の被害救済の入口は、まず消費生活センターです。契約が取り消せるかどうかといった判断を、うりずんが代わって行うことはありません。うりずんは、そこで整理された方針を書面にする段階や、その前後の事実関係を整えておく段階でお役に立ちます。
川崎市・横浜市を中心にご相談をお受けしています。地域の相談窓口については川崎・横浜で終活を始めるならもあわせてご覧ください。
まとめ
- 認知症の診断があることだけを理由に、契約が当然に効力を失ったり取り消せたりするわけではない。見られるのは診断名ではなく、契約をしたときにご本人が契約の内容と結果を理解できる状態だったか
- 意思能力を欠く状態でされた法律行為は無効とされる(民法3条の2)。成年被後見人がした法律行為は取消しの対象になる(民法9条)。この2つは前提の違う別の考え方である。なお保佐・補助でも、同意が必要とされた行為について別の取消しの仕組みがある
- 後見開始の審判が確定した後にご本人がした法律行為は取消しの対象になるが、日用品の購入その他日常生活に関する行為は除かれる。審判は原則として、後見人が審判書の謄本の送達を受けた日の翌日から起算して2週間を経て確定する
- 後から後見開始の審判が確定しても、それ以前の契約を民法9条だけを根拠として遡って取り消せるわけではない。契約当時の意思能力を個別に確認することになる
- 審判前の契約だから民法3条の2だけ、という意味でもない。勧誘方法や取引類型によっては、消費者契約法、特定商取引法、民法上の詐欺・強迫など、別の制度が問題となることがある
- 判断力が著しく低下し、生活の維持に過大な不安を抱いていることを事業者が知りながら、その不安をあおり、合理的な根拠その他の正当な理由がないのに、契約をしなければ現在の生活の維持が困難となる旨を告げた場合は、消費者契約法4条3項7号による取消しが問題となることがある。ただし診断だけで適用される規定ではない
- 可否は個別の事情によって変わる。まず消費者ホットライン188へ相談し、期限があるため早めに動くこと