ご家族を亡くされて、これから相続のお手続きを進めていらっしゃる皆さま。心から、お悔やみ申し上げます。
亡くなった方に借金があるかもしれない、あるいは家族の関係などから「相続には関わりたくない」——そうしたとき、相続を「放棄」するという選択肢があります。ただし相続放棄は、一度すると原則として撤回できない重大な選択であり、しかも期限があります。期限を過ぎると、原則として借金も含めてすべてを相続したことになりかねません。
この記事では、相続放棄について、①そもそもどういう制度か、②「3か月」という期限の正しい数え方、③間に合わないときの対処、④手続きの流れと必要書類、⑤放棄する前に絶対にやってはいけないこと——を、はじめての方にも分かるように整理しました。判断を急ぐ前に、どうか一度この記事に目を通していただければと思います。
目次
- 相続放棄とは何か
- 「3か月」の正しい数え方
- 期限に間に合わないとき
- 手続きの流れと必要書類
- 相続放棄の前に、絶対にやってはいけないこと
- 放棄の効果と、その後に起こること
- よくある誤解・落とし穴
- 専門家に相談したほうがよいケース
相続放棄とは何か
相続放棄とは、亡くなった方(被相続人)のプラスの財産(預貯金・不動産など)も、マイナスの財産(借金・連帯保証など)も、いっさい受け継がないという意思表示です。家庭裁判所に申述(申し立て)をして行います(民法938条)。
相続放棄が認められると、その人はその相続に関して、初めから相続人ではなかったものとして扱われます(民法939条)。ここから、次の2つの重要な性質が出てきます。
- 「借金だけ放棄して、預金はもらう」はできない:相続は財産をまとめて引き継ぐ仕組みのため、いいとこ取りはできません。放棄するなら、プラスもマイナスもすべて手放すことになります。
- 放棄した人の子は、代わりに相続しない(代襲相続が起きない):放棄は「初めから相続人でなかった」扱いになるため、その子へ相続権が下りていくことはありません。
なお、似た制度に「限定承認」があります。これは、プラスの財産の範囲内でだけ借金を引き継ぐ方法で、財産と借金のどちらが多いか分からないときに使われます。ただし限定承認は、相続人全員が共同して、相続放棄と同じ3か月の期間内に家庭裁判所へ申述する必要があり、手続きも複雑です。本記事では主に相続放棄を扱いますが、「どちらを使うべきか」は専門家にご相談ください。
「3か月」の正しい数え方
相続放棄には、「自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内」という期限があります(民法915条1項)。この期間を「熟慮期間」と呼びます。
ここで間違えやすいのが、起算点(数え始める日)です。「亡くなった日」から3か月ではありません。「自分が相続人になったことを知った時」から数えます。
具体的に見てみましょう。
- 同居していたお子さんが、親の死亡当日に相続を知った場合:その日から3か月。多くのケースはこれにあたります。
- 疎遠で、亡くなったこと自体を後から知った場合:訃報を知り、自分が相続人だと分かった時から3か月。
- 先順位の相続人が放棄して、自分が新たに相続人になった場合:たとえば、お子さん全員が相続放棄をすると、相続権は次の順位(親、いなければ兄弟姉妹)へ移ります。このとき次順位の人の3か月は、「先順位者の放棄によって自分が相続人になったことを知った時」から数え始めるのが実務の考え方です。亡くなった日からではありません。
🌱 大切なポイント:起算点は人によって異なります。「もう3か月過ぎているから無理だ」と早合点せず、まずはいつ・何を知ったのかを整理することが大切です。
期限に間に合わないとき
借金の有無や金額の調査が、3か月以内に終わりそうにない——そういうことは珍しくありません。そのときの対処は2つあります。
1. 3か月以内に判断できないとき(熟慮期間の伸長を申し立てる)
財産(特に借金)の調査が終わらず判断ができない場合は、3か月が経過する前に、家庭裁判所に対して「熟慮期間の伸長」を申し立てることができます(民法915条1項ただし書)。認められれば、考える期間を延ばしてもらえます。
ポイントは、期限が来てから慌てるのではなく、間に合わないと感じた時点で早めに申し立てることです。
➡ 関連ページ:亡くなった方に借金があるかどうかを調べる具体的な方法(信用情報機関への開示請求など)は、別記事「相続財産の調べ方」で詳しく解説しています。相続放棄をするかどうかは、この財産調査の結果が判断材料になります。
2. すでに3か月を過ぎてしまったとき(例外が認められる余地)
すでに3か月を過ぎていても、直ちに放棄ができなくなるとは限りません。たとえば、「相続財産はまったく無いと信じていて、被相続人との関係や生活状況から見てそう信じてもやむを得ない事情があった」といった場合に、後から借金の存在を知った時などを起算点として、放棄が認められた例があります。
ただし、これは極めて個別的な判断であり、必ず認められるわけではありません。3か月を過ぎてから督促状が届いた、というような場合は、自己判断で諦めたり対応したりせず、できるだけ早く専門家にご相談ください。対応の仕方を誤ると、かえって不利になることがあります。
手続きの流れと必要書類
相続放棄はどこに申し立てる?(被相続人の最後の住所地の家庭裁判所)
相続放棄は、亡くなった方の最後の住所地を管轄する家庭裁判所に申述します。申述する人(相続人)の住所地ではない点に注意してください。
相続放棄の必要書類(申述書・戸籍謄本など)
おおむね次のものが必要です。続柄によって、追加で戸籍が必要になります。
- 相続放棄の申述書(家庭裁判所の様式。記載例も用意されています)
- 被相続人の住民票除票または戸籍附票
- 被相続人の死亡の記載がある戸籍(除籍)謄本
- 申述する人の戸籍謄本
たとえば、亡くなった方のお子さんが放棄する場合は上記が基本ですが、親(直系尊属)や兄弟姉妹が放棄する場合は、自分が相続人であることを示すために、被相続人の出生から死亡までの一連の戸籍など、より多くの戸籍が必要になります。
相続放棄の費用(収入印紙・郵便切手)
- 収入印紙:申述する人1人につき800円
- 連絡用の郵便切手:金額・内訳は申し立てる家庭裁判所によって異なります。事前に申述先の家庭裁判所にご確認ください。
申述後の流れ(照会書・相続放棄申述受理通知書)
書類を提出すると、家庭裁判所から照会書(質問書)が届くことがあります。回答を返送し、問題がなければ、「相続放棄申述受理通知書」が届きます。これで手続きは完了です。
債権者などに「相続放棄をした」と示す必要があるときは、別途「相続放棄申述受理証明書」を取得して提示します(通知書とは別の書類です)。
相続放棄の前に、絶対にやってはいけないこと
ここが、相続放棄でもっとも重要な注意点です。
民法には、一定の行為をすると、たとえ放棄するつもりでも「単純承認した(=すべて相続する意思を示した)」とみなされるという決まりがあります(法定単純承認・民法921条)。これに該当すると、相続放棄ができなくなるおそれがあります。
具体的に、放棄を検討している段階で避けるべき行為の例は次のとおりです。
- 亡くなった方の預貯金を引き出して使う、口座を解約する
- 亡くなった方の不動産や車の名義を変える、財産を売る
- 亡くなった方の借金や未払金を、亡くなった方の遺産(預金など)から支払う
- 形見分けの範囲を超えて、価値のある遺品を処分・持ち帰る
一方で、次のような行為は、一般に法定単純承認にはあたらないとされています。
- 相続人が自分自身のお金で、葬儀費用や被相続人の債務を支払うこと。但し、葬儀費用については2つのパターンに分けて考える必要があります。
① 自分の財産から立て替える場合:そもそも相続財産の処分にあたらないため、単純承認の問題は生じません。後日、相続財産から精算するか否かは別の論点になります。
② 亡くなった方の預貯金から支払う場合:これは相続財産の処分にあたりますが、過去の判例(大阪高裁 平成14年7月3日決定など)では、社会通念上相当な範囲の葬儀費用に充てた場合は法定単純承認(民法921条1号)にはあたらないとされた例があります。ただし、何が「相当な範囲」かは個別判断であり、不相応に高額な場合には単純承認とみなされるおそれもあります。借金の可能性があるなら、引き出す前に必ず専門家にご相談ください。
- 遺品のうち経済的価値のほとんどないものを整理すること
⚠ もっとも安全な原則:迷う支出や手続きは、一度立ち止まり、動かす前に専門家に確認する——これが、放棄の選択肢を守るうえでいちばん確実です。
放棄の効果と、その後に起こること
相続放棄をすると「初めから相続人でなかった」扱いになる、とお伝えしました。ここで見落とされがちな、しかし非常に重要な点があります。
あなたが放棄すると、相続権(=借金を含む)は次の順位の人へ移ります。
順位は、第1順位=子(孫など)、第2順位=親など直系尊属、第3順位=兄弟姉妹(その子=甥・姪は一代限り代襲)です。たとえば、お子さん全員が放棄すると、亡くなった方の親、いなければ兄弟姉妹に借金を含む相続権が移ります。
⚠ 実務上もっとも注意したい点:自分が放棄しても、それで借金が消えるわけではなく、知らないうちに親族(兄弟姉妹や甥・姪)が債務を負ってしまうことがあります。これを避けるため、借金を理由に放棄するときは、次順位になる親族にも事情を伝え、必要なら一緒に放棄を検討する配慮が、実務上とても大切です。
📖 関連する法律
相続人になり得る人が全員放棄した場合、財産そのものが消えてなくなるわけではありません。利害関係人の申立てなどにより、家庭裁判所が相続財産清算人を選任し、清算の手続きが進められることがあります(この分野は近年の法改正で名称・手続きが整理されています。具体的な対応は専門家にご相談ください)。
また、相続放棄をしても、放棄した時点で現に占有している亡くなった方の財産(自宅にある現金や家財など)については、相続人や相続財産清算人に引き渡すまでの間、自分の財産と同じ注意をもって保存する義務が残ります(民法940条)。2023年の法改正で、この保存義務を負うのは「現に占有している人」に限られることが明確になりました(占有していない他の放棄者は、この義務を負いません)。
よくある誤解・落とし穴
- 一部だけの放棄はできない:「不動産は要らないが預金は欲しい」はできません。放棄はすべてを手放す手続きです。
- 撤回は原則できない:いったん受理された相続放棄は、気が変わっても原則として撤回できません(民法919条1項)。詐欺・強迫などによる取消しの余地は別途ありますが、限定的です。判断は慎重に。
- 生命保険金は受け取れる:受取人が指定されている死亡保険金は、原則として受取人固有の財産です。相続放棄をしても、受取人であれば受け取れます(ただし相続税の計算上は「みなし相続財産」として課税対象になり得ます)。「保険金をもらうと放棄できない」というのは誤解です。詳しくは別記事「相続財産の調べ方」でも触れています。
- 未成年者が相続人のとき:未成年のお子さんの相続放棄は親などが代理しますが、親自身は相続し、子だけ放棄させるような利益が相反する場合は、家庭裁判所で特別代理人の選任が必要になることがあります(民法826条)。
- 受理されても絶対安全とは限らない:相続放棄が受理されても、債権者が後から「あの行為は法定単純承認だ」と争う余地はゼロではありません。だからこそ、921条に触れる行為を避けることが重要です。
専門家に相談したほうがよいケース
次のような場合は、早めに専門家へご相談ください。
- 借金や連帯保証がありそうで、放棄すべきか、限定承認にすべきか迷っている
- すでに3か月が過ぎている、または間に合うか微妙
- 次順位の親族(兄弟姉妹・甥姪)への影響をどう伝え、どう進めるか分からない
- 亡くなった方の財産をすでに動かしてしまったかもしれず、放棄できるか不安
- 未成年の相続人がいる、相続人の関係が複雑
相続放棄は、書類自体はそれほど多くありませんが、「3か月」「してはいけないこと」「次順位への影響」の3点を外さないことに価値があります。判断を誤ると取り返しがつきにくい手続きだからこそ、迷ったら早い段階でのご相談をおすすめします。
当室では、社会保険労務士・行政書士として、財産調査から相続放棄の要否の整理、必要書類の収集、その後の手続きまでを一つの窓口でお手伝いしています。「放棄すべきかどうか、その前に何を確かめればよいか分からない」という段階こそ、もっともお役に立てるところです。どうかお一人で抱え込まず、お気軽にご相談ください。
うりずん相続手続き相談室は、川崎を拠点に、相続のお手続きをご家族に寄り添いながら一つひとつ丁寧にお手伝いしています。お話をうかがうところから、ご一緒に進めてまいります。
「うりずん」とは、私の故郷・沖縄のことばで、冬が終わり夏へと向かう、草木がいきいきと潤い始める初夏のころを指します。長い手続きのあとに、ご家族に穏やかな季節が訪れますように——そんな願いを込めて、この名をつけました。
